第一回:「枚方大橋袂の公園」

登場人物
蛍子
整備のおじさん


まっすぐ行けば高槻へと通じる道である枚方大橋の袂に整備された公園ができたのは僕が高校のころだったか。
まん前に淀川があり、昔はここで夏になると花火大会の打ち上げがあった。
ほんとに使われているのか良く分からないけれど、淀川を望んで円形劇場がある。
淀川や向こう岸の高槻市を借景にしてできる芝居は特に思いつかない。
高槻市は近くて遠い。橋がここしかないからだ。
僕の大叔父さんが住んでいる。彼は社交ダンスの講師だった。
残念ながら僕に教えてくれるころにはすでに70を超えていた。
・・・そんなことはどうでもいい。
ごみを集めているおじさんがいる。さっきは水をまいていた。木や植物に。
公園整備は行き届いていて税金が使われているなあ、と。
芸術にもお金かけないとね、と思うけど、確かにここは気持ちがいい。

ト.野外劇場の客席。一人の女性が下手から現れ、淀川を眺めている。やがて真ん中のベンチに腰掛ける。
ごみを集めている風のおじさんが現れる。蛍子は突然石けりを始めて石を投げる。
が、うまくいかない。整備のおじさんはしばらく眺めている.

おじさん:昨日のにいちゃんは、よう飛ばしよったけどな。

ト、おじさんは突如持っていた掃除用具を置いて石を投げ始めた。1.2.3.4.・・・・合計14回も石は水面を飛び跳ねた。
顔を見合わせる二人。おじさんは得意そうだ。

蛍子:すごいですね。

おじさん:はは、オリンピック代表。

ト.力瘤を作りそれを得意げに触る。微笑む蛍子。おじさんは調子に乗り、宣誓の儀式を無言で執り行う。

蛍子:あ、そっか。ここスポーツ大会の表彰式とかに使うのね。

おじさん:高橋安正。貴殿はオリンピック大会石けり競技の部において金メダルを取られましたのでここに表彰します。

蛍子:おじさん金メダル取ったの?

おじさん:そうだよ。

ト。再び力瘤。

蛍子:だったら多分、

ト、おじさんはまた投げる。

蛍子:・・・・・・私もう一人代表を知ってるなあ。そいつもそこでおんなじ様なことしてた。

おじさん:俺に勝つやつはそうそういないよ。・・・・あ、でもこの間すごいやつがいた。8回ぐらいははねさせてた。腕が落ちた、とか言ってたけど、多分めちゃ練習してんな。

蛍子:へえー。

ト、おじさんは投げかけるが変なところで蛍子のふあーという大きなあくびの声にさえぎられる。

蛍子:おじさん、私の知り合いもね、すっごい得意で。あれ、何年前かなあ。4年、いや5年かなあ。ここに来て、そん時は、10何回飛んでたよ。

おじさん;ふうん。世の中には俺ぐらいのやつは・・・・・・ざらにいるのか。

蛍子:ふふ(笑)おじさん、面白い人ね

おじさん:いや、初めて言われたなあ。

蛍子:ほんとですか?

おじさん:さあねー。

蛍子:でしょ。

おじさん:いや、俺ぐらいのやつがざらにいるって方だ。さっき言ってた兄ちゃん、ひょっとして同一人物ってこともありうる。
・・・・・・お嬢さんの彼氏はどんなやつだ。

蛍子:え?あ、ああ。うーんと。・・・・・・つかまえどころのない感じかなあ。ぬボーとして飄々としているというか・・・・・。

おじさん:なんじゃそりゃ。よくわからん。

蛍子:うん、私も良くわかんないの。突然消えたりとかするんだから。・・・その人はいつ来たの?

おじさん:えと、あ、昨日の昨日だからおとといか。来たやつはひょろっとしてて、そうそう腰まで届く長い肩がけかばんを持ってた。

蛍子:へえー。変な人って意外といるのかしら。あの人もフェルト生地のお気に入りかばん持ってる。

おじさん:フェルトって?

蛍子:えっいや、あのこーんな、こーんな、みたいなやつ。

おじさん:ああ、そうかもな、ひょっとしておんなじじゃないのかな。

蛍子:スケッチブックが入りそうな。

おじさん:そうそう。A3って書いてあった。

蛍子:おんなじ人だったりして?あ!よくこうやって鼻をつまんでなかった。何か考えるとき鼻を触るのよ。あの人。

おじさん:そうだったような気もする。うーん。

蛍子:その人何してたの?たぶん違うと思うけど。

おじさん:うーん、そう、いえば、あの建物が何か聞いていた。

蛍子:何って、あれ時計台でしょ。電光掲示板ついてるけど。

おじさん:俺もそう答えたよ。何か納得いかない感じだったけど。

蛍子:あの人も前に来たときに私にそういってたわ。「ありゃきっとラジオ放送か何かをきっと流しているんだ」と。しまいには、何かの秘密の暗号をスパイが傍受しているとか何とか。

おじさん:はは(笑)そいつはそんなことは言ってなかったけどなあ。
高槻が遠いだの、橋をもう一本牧野ぐらいに渡してくれだのぼやいてた。

ト.蛍子は一本の木をさして

蛍子:あそこ!あそこの下にシートを引いてお弁当を食べたり、寝転んでぼーっとしたりしたの。天気が良くて。

おじさん:へえ。新婚さんっぽいなあ。

蛍子:いや、そんときはまだ、・・・どっちかといえば付き合い始め、かなあ。結婚はしてなかったの。お互いもうできる状態だったけど。

おじさん:状態って、二人とも大人だったんだろう。五年前なら。二十台半ば?ぐらい?

蛍子:年は・・・残念ながら当たり・・・だけど、私年より若く見られるんだけどなあ。

おじさん:おれに洞察力があるってことだよ。あいつは老けてたなあ。何か「あの木も冬になると枯れるんですよねえ。」とか言ってたもんなあ。

蛍子:へえ。じじむさいのよ。あの人。それはともかく状態って言うのは、年じゃなくて、二人とももう離婚してたってこと。

おじさん:なんだ、訳ありかい?

蛍子:いやそういうんじゃないんだけど。不倫とかじゃなくて。その・・・。複雑なのよ。

おじさん:男女の仲なんて、単純だぜ。おれが女を好き。向こうが好きだったらそれでいいし、だめだったら頑張るか、あきらめるか、どっちかだ。あんたは?

蛍子:え?

おじさん:好きなのか?そいつが。石けりは、きっと俺よりはできないけど・・・。

蛍子:・・・・・・。好き・・・。

おじさん:向こうは?

蛍子:よくわかんない。・・・・・・。あれっ?何で私・・・

おじさん:こんなことしゃべってんだろって?そういうもんだよ。おれはセラピストなんだぜ。

蛍子:セラピストって、そういう顔じゃない気がする。

おじさん:あのねえ。見ず知らずの他人にそれはないだろ。

蛍子:それもそうね。ごめんなさい。

おじさん:感じ悪いなあー。・・・ってのはうっそだよー。・・・そして淀川の流れを見ていると、胸のなんかつかえを押し流したくなるもんさ。そしてさらに、俺はオリンピック代表だから、ゆるしてやるのだ。

ト.再び力瘤を作って笑う。

蛍子:おじさん、やっぱりとっても変な人ね。・・・ほめ言葉よ。あの人もそういうと喜ぶの。・・・変なの。

おじさん:ほおー。

ト、おじさんは頬をつねりだす。

蛍子:あ、あの、あ、いつ・・・、あ、あの人、どこに行くって言ってた?

おじさん:え?知らないよ。なんかそこらへんほっつき歩いてたみたいだったが。
蛍子:・・・・・・・。

おじさん:暇人だなあーって思ったんだ。こっちは働いてるのによ。あんたは?何してんの?

小さい間

蛍子:んー、そう。知らないその人を探してるの。

ト。蛍子は笑う。淀川を見る。おじさんは掃除に戻り、やがて去る。蛍子は空を見上げる。鳥が飛んでいる。
3羽だがきちんとV字型に編成されている。片手で日差しを作る蛍子。両手になり、その手はやがて口元へ。

蛍子:おーい(小声で)

暗転