第三回:「樟葉西中近くの計画道路高架下」
■登場人物
蛍子
哲生
ここは変なところだ。やけにおしゃれな街灯があったりする。
中学校に近いからチャイムの音は聞こえるし、降下しただからトラックが通ると面白怖いし。
川のそばだからなんとなく眺めていても飽きない。
雨が降ったときが一番好きだ。なんだか雨宿りをしたくなる場所ナンバーワン。
そういえば始めて告白しに行った子はこの近くで、その日は雨だった。
ここで逡巡したわけじゃないのにこの辺りを歩いたからか、記憶に飛び込んできたのはここだった。
小学校のころは計画道路と呼ばれていた道路が開通して何年になるのだろう。
工事をしている横の田んぼではカブトガニを取ることができたりして、近くの用水路ではザリガニつりをしたりして遊んだ。
消費税導入前でジュースが高くなる前に、100円のうちにと、帰りがけに良く飲んだ。
今振り返ればバブル期だったのだ。高速は開通するのか宙ぶらりんのまま。
特に郷愁もないが、振り返ってはしまう。そんな記憶が通り過ぎる道路の高架下。
ト.哲生と蛍子が話している。哲生は若干フォーマルな服装。彼の妻は智美といって彼の幼馴染でありゆうの元妻でもある。時折トラックの走る音が聞こえる。
哲生:おれ、泣いちゃって・・・・・・。
蛍子:え?
哲生:はは。今考えると馬鹿らしいんだが。
蛍子:何が。
哲生:いやだからさ。修学旅行でみんなで悩みを話そう会みたいのになってえ。
蛍子:うん。
哲生:で、世紀の大告白っつう感じで俺は韓国人だって。ほんとは母方の籍に入ってるから国籍的には日本人で、血筋的にはコリアンジャパニーズなんだけどな。
蛍子:でも高校のときはなんか、真っ先に話してた、・・・けど?
哲生:なんかふっきれたからかな。あいつのおかげかー。
蛍子:クスキ・・・、楠木さんの?
哲生:あいつ平然と、俺もハーフだよって。
蛍子:ふふ。
哲生:顔色変えずにな。当たり前のことのように。ひょっとするとあいつのその一言で余計泣かされたのかもしれんのに。
蛍子:あの人にとっては当たり前のことだったんじゃない。
哲生:たぶんな。何でヒーロー扱いされるのか分からんかった、みたいな事を5年前の、あの夜に話した気がする。智美とお前とおれとゆうで、寿荘の前で、・・・宴会したとき・・・。
ト。学校のチャイムの音
蛍子:多分普通のことだったのよ。友情とかいいことしようとかそういうんじゃなくて。
哲生:あいつと友達になったのはそれから後なんだぜ。
蛍子:へえ。
ト。哲生は伸びをする。腰を回す。
蛍子:運動不足?かつてのプレーボーイが。
哲生:まあな。立ちっぱなしで疲れる。中高生の相手は。
蛍子:遊んでた時期が長かったからいいじゃない。これからは真剣に働いたら。
哲生:あほう。真剣に遊んでたの。
蛍子:あの、楠木さんとこに居候してた時期は、俳優になる努力はしてたの?
哲生:・・・・・。そういやここでそんな話を、そのころの彼女にしたなあ。
蛍子:ここはやっぱりカップルのたまり場か。そんなところに私を連れ込むとは・・・。
哲生:何か夢語って叱られた気がする。今やらないといけないこと=受験勉強、しなさいって。
蛍子:ゆうは、中学のころの楠木さんはどんなだったの。
哲生:もてたかどうかとか?
蛍子:え。いやあ・・・。
哲生:気になる?
蛍子:多少は。
哲生:忘れたなあ(笑)
蛍子:なんで?隠されると知りたいじゃない。そんなにもてそうでもないけど。でもよくみると好みの人には好まれそうだし、だれにでもやさしいしね。・・・・・・・。
哲生:男の友情。
蛍子:なーにが!
哲生:いやほんとあんま知らない。そういううわさに疎かったから。
蛍子:もう。
哲生:でも、そういや二年のとき、三年生の人からなんかもらってた。智美という存在がありながら。
蛍子:それ手編みのマフラーじゃない?
哲生:だったらめちゃ義理堅いやつやん。あいつ記憶力めちゃいいしなあ。
蛍子:いまだに捨てられないって。
哲生:そう、なんかなあ?・・・わからん。
ト。生徒の呼び出しがある。
哲生:よく遅刻ぎりぎりに来てた。あいつも俺も。
蛍子:三つ子の魂百までね。
哲生:その代わりあいつは中距離走が早くなったんやけどな。なんのクラブにも入ってへんかったのに。
蛍子:演劇部の話したとき、何か上下関係が嫌だとか言ってた。めんどくさがりなだけだと思ったけど。
哲生:いや、でもあいつとバレーとかバスケしによく夜中忍び込んでたぜ。早朝サッカーとかしたし。
蛍子:哲生、さんは?もてた?高校時代のように女をとっかえひっかえ・・・。
哲生:おれは・・・、おまえ・・・。すごかったぞ。
ト、雨が降り出す。
蛍子:あそこのお地蔵様の公園さあ、結構上からは見えるけどちょっと分かりにくくて絶好のカップルスポットじゃない?
哲生:そうそう。タイヤのわっかが埋めてあったり、滑り台があったりしてな。
蛍子:遊びたくなるよね。
哲生:いや、お前ぐらいだろう。公園で普通に遊べるのは。・・・・・・高校んときさあ、こっちはがんばっていいムードにしようとしてるのに、嬉々としてブランコにのって。
蛍子:いやちゃんとしたデートならちゃんとしますよ。
哲生:ほんと?レディーになったもんだ。
蛍子:てっ、いや、・・・哲生さん、も。
哲生:まあ、ね。・・・俺は、大人になったよ。
蛍子:へえー。
哲生:ま、いいじゃない。とにかくゆうはここへは来てない。智美のとこにもだろう。あの、「それから」事件以来、一本のメールも電話もない。こっちもしてない。
蛍子:・・・・・・。そっか。
哲生:俺はお前たちがくっついているものとばかり思ってた。
蛍子:そんなにうまくはいかないものよ。
哲生:いずれにしても近々連絡はするつもりだったんだ。
蛍子:?
哲生:守るものができたんだ。・・・なんて。かっこはお前の前じゃつかないな。
蛍子:・・・・・・。
哲生:子供が、できたんだ。
蛍子:へえー。おめでとう。・・・。智美さんにも。・・・智美さん、体調は?
哲生:あいつはつええ女だからな。
蛍子:芯はしっかりしてるんだって、私も思っていたけど、体と心は同じではないよ。
哲生:ああ、今まで以上に気を遣ってる。超いいだんなさんだから、おれ。五年前とは比べ物にならん。
蛍子:ゆうに伝えとくわ。・・・見つけたら。
哲生:としのとこに行ってみたら?
蛍子:?
哲生:知らないのか?あいつと高校まで一緒だったやつだ。小学校も一緒かなあ。今また樋上に戻ってるらしい。
蛍子:連絡先教えて。
哲生:あいつにも一度聞いてみとくよ。
蛍子:智美さんによろしくね。お腹のおこさんにも。
哲生:おうよ。
ト.哲生は塾へと去る。メモを眺める蛍子。一陣の風が吹き抜けた。
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