第四回:その2「東公園」

登場人物
ゆう
蛍子


ト、東公園のベンチでゆうが座っている。髪の毛が少しぬれている。
  ストリートバスケットのコートを見つめている。

蛍子:あ、やっぱり。

ゆう:・・・・・・。

蛍子:さぼり魔だ。

ゆう:人間観察も大事だからね。

蛍子:誰もいないじゃない。

ゆう:さっきまではいたの。みんな消えていったの。雨、降ってるし。

蛍子:ふーん。怪しい。

ゆう:本当だって。

蛍子:・・・・・・。

ゆう:さっきはカップルがさ、男が女の子の肩にわざわざ手を回して傘を差してて、おあつらえ向きに小さいビニール傘でさ。

蛍子:突然の雨だったからでしょ。そして傘持ってきてないでしょ。

ト、蛍子は傘を差し出す。

蛍子:天気予報見てたら・・・・・・。

ゆう:俺は天気予報は、

蛍子:見ないんでしょ、知ってます。

ゆう:人生は予報どおりには、

蛍子:いかないんでしょ。運命なんてこの世にはなくて自分で決めるものだから、占い観て騒いでいる女の子はやなんでしょ。

ゆう:女の子は嫌じゃないけど。

蛍子:・・・・・・。

ゆう:占いはやだね。あとお守りの類も。

蛍子:でも素敵じゃない。よく映画でも芝居でもお守りは恋人同士がプレゼントしあうじゃない。

ゆう:それって・・・、自分が守ってやれよって・・・・・・?

蛍子:女の子も?

ゆう:いや、守ればいいじゃん。俺守ってもらいたいけどなあ。

蛍子:甘えん坊ですねー、全くこの子は、って言われたいんですね。

ト、傘を振り回しつつ、顔を背ける。

蛍子:楠木さん、楠木悠さん?

ゆう:あそこのバスケットコートを見てるの。

蛍子:人間観察?

ゆう:まあ、一種の。

蛍子:誰もいないじゃない?・・・観察結果は?

ゆう:・・・・・・、人間、アンビバレントにできてるなあ、って。

蛍子:アンビバ?

ゆう:二律背反してるっていう・・・・・・。

蛍子:にりつ歩行?

ゆう:こう、遊びたいけど作品創らなきゃっていう。創りたいけど仕事しなきゃっていう。

蛍子:ああ・・・・・・。

ゆう:蛍子ちゃんのこと好きだけどいじめたくなるっていう・・・・・・。

蛍子:?!

ゆう:みたいな・・・・・・。 

蛍子:は?

ゆう:ダブルクラッチよく練習したなあ。

蛍子:うまかったんですか?

ゆう:うーん。俺って結構飛べたんだよなあ。

蛍子:ジャンプ?

ゆう:うん、ほんと飛びたかったなあ。浮いていたかった。

蛍子:今も浮遊してますよ。

ゆう:あ、やっぱり。

蛍子:ええ。地上10センチぐらい浮き上がってるんじゃないですか?

ゆう:ありがとう。

ト、蛍子はゆうの方を向く。ゆうは公園のとなりにある病院の方を見ていた。
ゆう:俺入院してた時さ、やっぱり飛んでいきたくなってさ。やっぱり動いている子供とか若者とか見てるとなあ・・・。

蛍子:若者って、いったい何歳のときなんですか?

ゆう:小学校はいる前だから・・・

ト、指折り数えようとする

蛍子:5歳か6歳です。

ゆう:幼稚園はいる前だったと思うんだよなあ、でもウルトラマンとか読んでたし。

蛍子:多分そのぐらいの子だったら読めます。

ゆう:そう?・・・・・・。何か怒ってる?

蛍子:いいえ。怒ってません。

ゆう:ついでに言うと俺が生まれたのもあそこ。

蛍子:へえー。

ゆう:だから、なんとおれは京都人なのだ。

蛍子:え?

ゆう:あそこ男山病院ともいってね、八幡市なんだよね。ほんの少しの差なんだけどここは大阪なんだよね。

蛍子:はいはい。

ゆう:境目にあるところで生まれたから、おれはマージナルマン(境界人)なんだよね。

蛍子:中途半端に覚えた心理学用語を使わないでください。

ゆう:よくわかったな。

蛍子:ノート貸したのは私です。そしてちゃんと講義に出ているのも私です。

ゆう:怒ってる?

蛍子:いいえ(この中途半端人間め)

ト、蛍子は一にらみして、スカートのすそを直す。

蛍子:ピアノ練習してますか?

ゆう:あ、一応。

蛍子:先輩の弾きガタリで始めるんですからね。

ゆう:別に歌わないよ。

蛍子:それでも物語を語り始めるんでしょ。

ゆう:演出上ね。だから多少下手でもいいんだよ。

蛍子:いいや、俳優の演技がそれで左右されます。頑張ってください。

ゆう:蛍子ちゃんに言われちゃそうしなきゃな。

蛍子:いわれなくてもやるのが大人です。

ゆう:古語で大人しいとは思慮深いということだから、浅はかな俺にはやっぱり当てはまらんなあ。

蛍子:どうでもいいですけどね。

ゆう:ピアノはさ、心で弾くんだよ。

蛍子:誰が言ったんですか、そんなの。指で弾くんですよ、指で。

ト、指を見せる蛍子。きれいだ。

蛍子:そんなに、見ないでください。先輩も指、長くてきれいですよね。

ト、ゆうの指を持ち上げる。ゆうはそれを優しく振り払い

ゆう:俺のピアノの師匠の家、あの向こうにあるんだ、

ト。立ち上がり、指差す。

蛍子:へ?

ゆう:よ。

蛍子:はい。

ゆう:ちょうどあの辺にレッスンしに行ってた。

蛍子:そうですか。

ゆう:いい先生だった、先生と心から言えるね。型どおりにやらず、好きな曲を弾かせてくれた。

蛍子:女の先生?

ゆう:そうだったよ。好奇心旺盛な先生でね、中国の楽器とかも弾くのにトライしてた。本来は声楽が専門なのにね。

蛍子:よく演出してるとき指が動くのは、そのときの後遺症?

ゆう:後遺症って。演劇は音楽だよ。ピアノもほんとにさー、タイタニックの主題歌のピアノを弾くことがあってね。

蛍子:マイハートウイルゴーオン。

ゆう:そう。ほんとに先生の言うように大海原を思い浮かべていたんだ。そうすると自由に弾けるようになっていって。

蛍子:へえー。

ゆう:あとね、もう一つ隠し玉がそのときはあって、俺のベストプレイだったんだけど。

蛍子:なんですか、それ?

ゆう:・・・好きな子が見に来てくれてるって思ってたんだよな。結局来てはくれてなかったんだけど。

蛍子:それは残念。

ゆう:でも、ほんとに、その子に伝えるように弾いてね・・・

ト。ゆうと蛍子の会話は永遠のように続いていく、溶暗