第六回:「樋ノ上団地・藤棚の下」

登場人物
ゆう
ゆうの姉

ここは、ほぼ生まれ故郷だ。団地なんだけど。
ほぼ、というのは生まれたときは野田という、少し生まれた病院に近い場所に住んでいたからだ。
ほんとうにかすかな記憶しかない。通ったくずは幼稚園はあっちのほうが近いんだけど。
ここは六棟の団地が円形に並んでいて、中央には遊び場がいっぱいある。
砂場となんだかよく分からない小さな林。とだだっぴろい広場。中央には集会所と変な柱と言うかポールが三つある。
多分旗を掲げるんだろうなあ、見たことないけど。
それから滑り台や始めて逆上がりした鉄棒、自転車でこけて骨折した近くにあるジャングルジムなど。
すぐ裏手が堤防になってて、そこでもよく遊んだ。


ト、ゆうがたたずんでいる。座る。両親と同じ団地に同居しているゆうの姉の声が聞こえる

姉:ゆ、う。

ゆう:おぅ。

姉:どうしたの?

ゆう:ああ。

姉:母さんたちのとこに寄った?

ゆう:いや、・・・。

姉:じゃ、うちに寄ってったら。綾が喜ぶわ。

ゆう:そう、だね。

ト、姉がゆうのそばに座る。ゆうはそらをみあげる。

ゆう:ここ、囲まれてるなあ。

姉:え?

ゆう:いや、・・・あっちの中学校の方からこっち見ると、ほんとはなれ小島。

姉:6つの棟が円形囲ってるから余計そう見えるよね。

ゆう:すっげえ囲まれてるよなあ。この中庭自体は広くてさあ、子供のころとか、テニスボールで野球したりするととてつもなく広く思えたりしたのになあ・・・・・・。

ト、ゆうは空を見上げる。

姉:あんたは上ばっか見てるのね。

ゆう:ありがと。

姉:ほめてんじゃないの。

ゆう:はは。

姉:前にも言ったでしょ。足元見ないと。

ゆう:足元見ると、落ちるよ。

姉:落ちないって、あんたは。

ゆう:そう?あと人の足元も見えるし。

姉:?

ゆう:・・・・・・。

姉:そうそう、静が少し心配してたよ、・・あんたのこと。

ゆう:え、何で。

姉:辞めたこと言ったから。

ゆう:なんで?

姉:結構仕事ばっかりいってたイメージが強いのよ、あの子には。

ゆう:そうかなあ、結構時間を費やしたんだけどなあ、静には。

姉:そうね、それは認めるわ。妹を猫っかわいがりだった。

ゆう:お父さんは?

姉:相変わらずよ。・・・ま、少しね、回復?してるかな。

ゆう:そう。あのさあ、何かランドセル背負っておれ、お父さんとあの砂場で写真に写ってたことあるでしょ。あれ何?

姉:あれ何って?

ゆう:なんで写真撮ってんの。ほとんど没交渉だったでしょ。あのころ。

姉:なんかの記念じゃないかな。

ゆう:あの帰化のときの?

姉:いや、あ、・・・違ったと思うけど。

ゆう:ちょっと計算合わないか。お姉ちゃんが入学したときだもんね。

姉:いや幼稚園に行ったとき。

ゆう:あ、そっか。

姉:そう。

ゆう:とうさん、そのときのこと、大昔に聞いたら、フラットなところからはじめるためだって。

姉:・・・・・・。そこだけは尊敬できるわね。・・・少しだけ。

ゆう:その言葉だけは印象に残ってるなあ。おれってさあ、誇れるところがあるとすると、人よりも物事をフラットって言うか、先入観と言うか、偏見と言うか・・・・。

姉:偏りなくっていうこと?

ゆう:いや、曇りなき眼でっていうか・・・、うーん違うなあ。

姉:それ、どっかで聞いたことある。・・・・・・。ああ、物の怪姫。

ゆう:とにかく、何でもかんでも同じように見つめることができるんだよ。その分普通の人はあきらめちゃうことをやっちゃうと言うか、
やっちゃ得るというか、やってしまうというか。

姉:・・・・・・、いいんんじゃない。

ゆう:ハーフであるメリット、だね。

姉:うーん・・・、西洋人のハーフってかっこいいんだけど。・・・私たちはね、あんまり風貌変わんないし。

ゆう:ま、あね。結局身体的特徴なんて、タイプわけしないと人を理解できない想像力の貧弱な人たちが考え出した一般化の道具に過ぎないんだよ。

姉:はいはい。向こうではダブルって言うらしいよ。

ゆう:両方のルーツをもってる人ってことでしょ。

姉:人より二倍得してる。でしょ?

ト、笑う姉、立ち上がる。伸びをする。帰りかける。

姉:泊まっていく?

ゆう:いや、止まらない。・・・泊まらない。

姉:そう。

ゆう:そう。・・・・・・変わったね、街も。

姉:すごいタワー立ってたでしょ。

ゆう:あれ、マンション?バベルの塔やね。

姉:みんな変わるの。

ゆう:ここのビル風の強さは変わんないなあ。

姉:そこの堤防だって様子変わったでしょ。

ゆう:もうダンボールでそりしたりできないね。

姉:それは、・・・静がちいさいころからできなかったんじゃない?

ゆう:そうだったかなあ。

姉:あの子も人の妻になる年 よ。

ゆう:俺はまだ夫にも親にもなってないけどね。

ト、ゆうは立ち上がる。

姉:蛍子、ちゃん、だっけ?来たわよ。

ゆう:え、・・・へえ。ああ。

姉:心配してたよ。

ゆう:ああ、やばいな。会わんとな。

姉:会ったげなさい。無視されてるかのような言いっぷりだったよ。

ゆう:ふふ、(苦笑)

姉:あと、春子に会いに行きなさい。御殿山のセンターで今、個展やってるから。

ゆう:あ、そうなの。わかった。

姉:じゃ、ね。

ゆう:ああ。

ト、ゆうは空を見る。