第七回:「樟葉の宮跡」
■登場人物
蛍子
妹
その夫正裕
ト、ゆうの妹静(しずか)がいる。その隣に座る蛍子。静の夫正裕が洗濯物を取り込んでいる。電車が通る音がして
蛍子:あの、前から聞きたかったんですけど、智美さん哲生さんゆうさんってどういう関係だったんですか?
正裕:幼馴染。
蛍子:いや、あの、微妙に違う、みたいなことを聞いてますけど。
正裕:智美ちゃんと哲生君が北団地で、俺とゆうが樋上。で、小学校高学年か中学校ぐらいかな、遊び始めたの。
静:で、そこに私もまじって。
正裕:うーん、混じったりもしたかもしれないけどあんまり記憶にないなあ。
静:結構中学の途中から正裕さんは病気で家にこもりがちだったし。
蛍子:え、病気だったん、ですか?
正裕:そう。今でこそ健康そうだけど、昔はもっとね。
蛍子:どんな病気ですか?
静:自律神経失調症。慢性疲労症候群。
蛍子:重かったんですか?
正裕:意外と死と隣りあわせだったりもした。アー言う思春期ってさあ。死とか、怖いじゃん。
蛍子:・・・・・・・。
正裕:なーんかね。
蛍子:あんまり想像できない。
正裕:ふふ。おんなじ様なことゆうも言ってたなあ。
静:あ、でも、いってたよ、お兄ちゃん。死を覚悟してる正裕さん見たら、おれは
倍以上一生懸命生きなきゃって。
正裕:へえ。
静:何でそんなにいっぱい手を広げて一生懸命たくさんのことを同時にやるの?って聞いたの。そしたら・・・。
蛍子:普通は一つのものに集中しろ、って言われたりするよ?
正裕:やつに常識はない。
静:で、中学・高校とサッカーにバスケにバレーに演劇にバンドにって、大体一通り
思春期の子が夢中になることはやってた。
正裕:恋愛が出てこなくなかった?
静:ああ、・・・
蛍子:高校ではしてない、って。俺は純真だった、とか、言ってたけど。
正裕:それはうそだなあ。智美ちゃんと・・・・・・。
静:・・・・・・。ほんとに彼女とかいなかったかも。ほんといろんなことに手を出しまくってた。私と遊ぶ暇もないぐらい。
正裕:ああ、いなかったかもな。多分。
蛍子:ふーん。
正裕:あいつ、オリンピックかワールドカップかっていうぐらいに前の恋愛をひきづって次に行くのに時間がかかる男だからなあ。
蛍子:・・・・・・。
正裕:多分今回も・・・・・・。
蛍子:ねえ、智美さんと哲生、哲生さんたちって三角関係だったんですか?
ト、割って入ってくる静。
静:高一のときにお兄ちゃん一度振られてるはずなんだけど・・・、そう、だったと思う。ね。
正裕:そうか?
静:そう思う。ほら、あだち充のH2あるでしょ。あんな感じ。
蛍子:どんな?
ト、電車が通る
静:思春期が遅かったってやつ。だからヒロがひかりに対する気持ちに気づいたときにはもうひかりは英雄とつきあってたっていう。
正裕:?
静:だから、英雄がお兄ちゃんでひかりさんが
蛍子:智美さん?でひろが
正裕:哲生かあ。・・・。ふーん。
静:そ、でも智美さんには私というライバルがいたからね。
正裕:は?
蛍子:いもうとべったりだったんでしょお。
静:そう。もう気持ち悪いぐらいねこっかわいがりだったからね、うちのお兄ちゃん。
蛍子:でも、よかったんでしょ、静ちゃんてきには。
静:そうね、それは。
正裕:人はかわいがられてこそ良く育つもんさ。
静:ちょっとよく言いすぎだけど。
正裕:いや、ほんとにいいやつだよ、ゆうは。
蛍子:どのへんがですか?
正裕:うーーん、・・・俺が寝込んで学校休んでさ、出席足りるかってぐらい休んでたんだけどね。お見舞いっていって少なくとも一週間に一度は顔出してくれたんだよ。
蛍子:へえ
正裕:で、ふつーに遊んでった。一緒に。
蛍子:え?
静:普通は病人を気遣って安静にさせるために気を遣うわよねえ。
正裕:でも、あいつは普通に遊ぶんだ、ほんとに。気持ちよく。気、使われるとさ、ほんとに息苦しくなるんだよね。他にも来てくれる人はいたけど、・・・多くて月一回とかだし、いろいろ様子を聞いてくれるんだが。
蛍子:ゆうは、
正裕:ただ遊んでいくだけ?めったに病状とか聞かないし。
蛍子:なんでだろう。
静:多分お兄ちゃんは本気で非常識なのよ。
正裕:いい意味でね。で、本気で遊べるんだろ、そういうときに。
静:私、お兄ちゃんのそういうフラットなところ、なんていうか妹とアイドル歌手がおんなじって言うか
蛍子:あ、それ分かる気がする。
正裕:平等っていうか公平?って言うか、それが意図的じゃないんだけど、うーん、じゃないかなあ?
静:妹とか正裕、さんとかが目に留まっただけかもしれないけど?あの焦げてる大木みたいに。
蛍子:ほんと、・・・あれ何?
正裕:ご神木で、じつは燃えなかったんじゃないかってうわさしてんの、こいつ。
静:たぶんねえ、たたりがあったんだよ。それでねえ、あんな新品の社をたてたのよ、きっと。
蛍子:ええ?!
正裕:気にしない気にしない。
静:じょ、う、だ、ん、で、す、よ。でもたぶん樟葉の宮ってここにないと思うのよねー。
正裕:ゆうも言ってたしなあ。
蛍子:ゆうは心配してなかったんですかねえ?正裕さんのこと。
正裕:いや、多分、とっても気遣ってくれてて、でもそれってほんとにそうされちゃうと重いんだけど、でも、それたぶんわかってやってないと思うんだよね。気遣うと重いから見せない、とかそういうの無理だから、あいつ。
蛍子・静:・・・・・・
正裕:あいつは、・・・たぶん。死にかけてても普通に友達なんだ。きっと。たぶん俺が死に掛けてなかったら、週二、三回のときもあれば月1回のときもあったぐらいなんだろうけど。
蛍子:ふーん。いいなあ、そういう友達。
静:恋人にはもっと優しいんじゃない?
蛍子:さあ?・・・恋人・・・・・・。
正裕:君の事を気に懸けてるってのは、確実だ。
蛍子:なんで?
静:私を午前中訪ねてきたの。で、蛍子さんのこと心配してた。「心配しなくていいのに」って。
蛍子:へえ。・・・でも、電話も、メールもなかったよ。
静:いや、そういうのする頭がないのよ、お兄ちゃん、そういうとこがたぶん・・・、
正裕:携帯、解約したらしい。
蛍子:え?・・・・じゃあ、私も解約しようかなあ。
正裕:ゆうと君はそういうとこ似てるね。
蛍子:どこが?
正裕:うーん、なんていうのかな・・・、行動的?直情的?ま、とにかくあいつが電話したくなったらするだろうから、持っててあげて。
蛍子:他にはなんか言ってました?
静:いや、特に何も。
ト、電車の音。すれ違う電車。
正裕:なんかそこの樟葉の宮跡を覗いてたよ。
静:絶対ここばったもんだって言ってた。ばったもんって・・・もう、そういう言い方もあんまりしないと思うけど。
蛍子:昔は天文考古学者になりたがってたらしいけど、考古学でもしようとしてるのかしら。
静:なんせね、尊敬してる人物がインディ・ジョーンズだからね。
正裕:マスターキートンも言ってたね。
蛍子:だれそれ?
静:漫画の登場人物。その人も考古学者なんだけど副業で保険の調査員してるの。
正裕:いまだに奥さんに未練たらたらでね。
静:・・・・・・
正裕:いや、ごめん。あの・・・・・・。
静:違うと思うよ。絶対。それに智美さん、二番目生まれるし。
蛍子:え、そうなの?
正裕:ああ。知らなかった?
蛍子:うん。挨拶行かなきゃ。
ト、電車が通り過ぎる。
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