第十回:「看板のある畑」
■登場人物
ゆう
祖父
意味が分からないけれど幸福と言うかいっぱいの生命力のある場所があるとしたらこの、看板がある畑じゃないのかな、と思う。京阪電車からいつもこの映画村の看板を見ていた。電車と畑と高い空を見られるここのベンチは極上だ。
大輪の花が咲き、一緒に歩いたあの子とあのころのことを思う。
ト、ゆうの祖父が車が通り過ぎるのを眺めている。電車が通る線路のその向こう側には、旧国道1号線が、そしてさらにその向こうには見えないけれども淀川が流れている。後ろからゆうがやってくる。
ゆう:おじいちゃん。
祖父:・・・・・・。
ト、祖父はゆうと目を合わせると再び同じところを見やる。ゆうは大輪の花を見ながら横に座る。
ゆう:こんにちは。
祖父:・・・・・・。
ゆう:ただいま?
祖父:おう。
ゆう:・・・・・・。
間
ゆう:見ごろだね。
祖父:・・・・・・ああ。・・・・・・蛍子さんという方がいらっしゃった。・・・・・・。
ゆう:そう、か。
祖父:その子、・・・。かわいかった、・・・よ。
ト、祖父はゆうに微笑みかける。ゆうも微笑む。
ゆう:あの、おじいちゃん、お母さんのとき・・・
ト、突然
祖父:幸せな日々、かどうか悩むねえ・・・・・・。
ゆう:うん。・・・・・・。
ト、ツバメが飛ぶ。
祖父:つばめに聞こうか。
ゆう:ツバメに聞いても分からないよ。
祖父:・・・・・・。
ト、ゆうを観察する祖父。
ゆう:本人に聞かなきゃね。
祖父:・・・・・・。うむ。
ゆう:でしょ。
祖父:ベケットの戯曲の名前な。
ゆう:・・・・・・?
祖父:美しい日々か。
ゆう:ああ。
祖父:穴ぼこが二つあってな、
ゆう:夫婦のやつ・・・
祖父:男と女がそこに住んでいる。
ゆう:ふうむ。
祖父:あれをやりたかったな。
ゆう:え、おじいちゃん演劇やってたの?
祖父:昔、ロンドンでな。
ゆう:え?
祖父:やってたのが面白いと、お前が言っとった。
ゆう:・・・・・・、ああ。
祖父:・・・・・・。
ゆう:・・・・・・。おじいちゃん、おじいちゃんの仕事は面白かった?
祖父:仕事は、しんどい。
ゆう:だよね、え。
祖父:と、お前は言っておった。
ゆう:ああ。
祖父:私は、どうだろう。うーん、・・・・・・?幸せな日々、
ゆう:戯曲?
祖父:だったと思う。
ゆう:ふーん。
祖父:受けるより与えるが幸福です。
ゆう:聖書だね。
祖父:黄金律。
ゆう:・・・・・なるほど。俺もそう思う。人のためになんないとそもそも仕事って成立しないもんね。
祖父:湯船に入ってお湯をかき混ぜるときと一緒。回りまわって・・・・・・。こう、追い炊きするとき、こうするとお湯が逃げていく。でもお湯をこうー壁に当てると、こうー、こっちに返ってくる。
ゆう:自分の?ためになる。
ト、にっこり笑う祖父。
祖父:人の瀬戸際の決断は、誰にも笑えない。
ゆう:・・・・・・。
ト、再び笑う祖父。
祖父・ゆう:・・・・・・・。
祖父:智美さんがお子さんを連れてらした・・・。
ゆう:そう。
祖父:幸せそうだった。
ゆう:そぉう。
祖父:にっこりしとってなあ。
ゆう:ふうん。
ト、表情が緩む
祖父:赤子は本当に幸せそうに笑う。
ゆう:・・・・・・子供か。・・・血は繋がっていく。・・・それ、いつのこと?・・・大分前だよね。
ト、電車が通り過ぎていく。
ゆう:なんかねえ。20歳過ぎるくらいまでは死ぬのが結構怖かった。地震の備えしたり、
祖父:ひろいなあ・・・ここは・・・
ゆう:ほんと、そうだね。・・・で、遺言状の書き方調べたり、葬式の方法を考えたり、あ、結局して欲しくないって結論なんだけど。
祖父:海に流すんだったか・・・
ゆう:25歳ぐらいまでは結婚したり子供ができたりする責任ってのがちょっと覚悟って言うか想像できなかった。
祖父:・・・・・・。
ゆう:そんなのなのに、しちゃってたんだけど。
祖父:・・・・・・。
ゆう:いまだに想像はできないけど、なんとなく、あ、そんなのもいいなあって。
祖父:人は死ぬよ、なーにやってても、死ぬときは。
ゆう:どんな仕事就いててもねえ。
祖父:どんな風に生きたかで、多少・・・
ゆう:変わる?
祖父:死ぬときの心持が、変わる、かもしれない。
ト、沈黙の時間が流れる。
ゆう:ああ、ここはいつ来てもほんとに広いなあ。
祖父:京阪がとおっとる。
ゆう:うん、でも今は通ってないから旧一号線を走る車が見えるね。おもちゃみたい。するするって通ってくね。
祖父:その向こうに、雄大な淀川が流れている。
ゆう:うん、
祖父:人生(注:じーんせーい、と歌うように)とは?
ゆう:うーん、?、こっちが聞きたんだけど、?・・・・・・、問い続けること?
祖父:目いっぱい楽しみたいねえ。私は・・・。
ゆう:とっても賛成。
祖父:ふー。
ゆう:はっ。
ト、ゆうは立ち上がる。
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